尺八も適材適所
貴志清一
2019年5月4日。
平成から令和になっての初めてのコンサートでした。
会場は築200年は経つ泉佐野市指定文化財の新川家という所です。
太い梁と高い天井。すべて木造のたいへん響きが良く羽毛が琴糸の上に落ちる音でも聞こえるくらいです。
尺八も地無し長管で吹けば良い響きでみなさんに聴いていただけると思い1曲目は「手向」にしました。ここ半年以上はまったく吹かなかった地無し二尺四寸管ですが、やはり尺八は古典本曲がいちばんその良さを生かせる曲だという再確認の元、ここ1ヶ月ほど毎日30分以上は長管の音出しをしてきました。
わたくしは個性の強い各音がそれぞれの性格を主張するような竹が好きなのですが、吹料である玉水銘地無し二尺四寸管のように自然な響きで素直に鳴ってくれる竹の良さも練習を重ねるごとに再発見できるようになりました。
(「手向」の音源)
(鹿の遠音の音源)
『抒情詩曲』は一尺八寸管ですが、お琴、特にテトロン糸を張った音量のある琴と合わせるとき地無し管では音が霞んでしまいます。地無し特有の楽音以外の音が裏目に出てしまい何を吹いているのか分からないということになります。尺八・琴二重奏に地無しは使えません。唯一、自分の声を掻き消さないようにかなり押さえた弾き方をする"地歌"の時のみ微妙なニュアンスの地無し管がその良さを発揮します。
それでも琴奏者によってはご自分の大きな音量に負けまいと西洋のベルカントもどきの発声で〈がーがー〉歌われてしまうと、やはり地無しは台無しです。かなり前ですが、実際にそういう琴引きの方と舞台をご一緒しましたが後味の悪い感覚が今でも蘇ってきます。
というわけで、やはり適材適所、西洋の短調を基本とした『抒情詩曲』ですので微妙な尺八のメリ音も吹き飛ばされますので地塗り七孔一尺八寸で演奏しました。
『北風のとき』も同じ発想で地塗り七孔一尺六寸で吹きました。
続いてギターと尺八での「竹田の子守歌」「翼をください」「星影のワルツ」「北国の春」も地塗り一尺六寸管。
さて次の山口百恵が歌った「秋桜(コスモス)」はそうもいきません。細かい話すような感じの十六分音符が続く曲ですので七孔でも何か歯切れが悪く演奏効果が半減します。それで昔吹いたことのあるフルートで演奏しました。
1時間ほどのコンサートでしたが、尺八の適材適所がある程度効を奏したみたいで30人ほどのお客さんでしたが喜んでいただけたようでした。