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正倉院古代尺八の復元と吹奏(報告)
貴志清一
尺八の歴史を勉強していますと中世の
一節切、
三節切の元になったと思われる正倉院の古代尺八を深く知る必要を感じます。楽器としての計測データは『正倉院の尺八』などで分かりますし、何よりも上野堅実氏の『尺八の歴史』に詳細な研究が載っています。
しかし実際に音を出しての詳しい研究は国宝だけに不可能ですのでせめて復元管での研究となります。しかし計測データを使って単に孔を開けたり歌口を削ったりしても"楽器として成立させる製管技術"がなければ十分な復元はできません。
幸い尺八吹奏研究会員でもあり永らく趣味とは言え非常に高い製管技術をお持ちの柏木氏がこの困難な復元に取り組んでくれました。刻彫尺八が復元できる丁度良い竹が長い吟味の末やっと手に入ったと言うことで今回完成した次第です。
モデルは刻彫尺八ですが、上野氏の『尺八の歴史』p14にもあるとおり「これが丁度唐の小尺の一尺八寸に当たる」ので、文字通り"尺八"の復元にふさわしいのです。
中国は王朝が変わるごとに度量衡が変化しました。中国の唐の時代に呂才が尺八を作ったと『唐書』呂才伝にあります。この唐の時代の一尺は日本の曲尺(30.3cm)の十分の八に当たりますので、
30.3cm×1.8(尺)×0.8=43.6cm
そしてこの刻彫尺八の全長が43.7cmなのです。
復元尺八の製作をするにあたり、この長さで内径や節間も丁度よいような竹材はなかなか見つからなかったとのことです。しかし、今回復元にぴったりの竹材が見つかったとのことで、素晴らしい製管術をお持ちの柏木さんの手で本当に良い復元古代尺八が完成しました。
写真を見て下さい。左が刻彫尺八、そして復元管、その歌口です。
(古代尺八画像)
さっそく息を通し、吹き方や音程などを探ってみました。
平均で筒音F(勝絶、尺八のツ音)はFとF♯の中間でした。
今はD(ロ音)が基準なのですが、唐の時代の基準音がこの筒音の高さなのだと考えると、いささか歴史的な深い感銘を覚えるのではないかと思います。日本では一越という音名ですが、中国では黄鐘(こうしょう)です。
順番に『尺八の歴史』を参考にして音を出してみました。
何とB♭音(下の3つの孔を開ける)を主音(宮)とした古代中国の七声の音階なのです。上野堅実氏の本にあるとおりです。この一点からでも『尺八の歴史』の価値は極めて高いということがわかります。
それでは、実際に吹いた音を聴き、運指表をご覧下さい。
次に、試しに下から2番目の孔を塞いだまま、すなわち今の尺八や一節切と同じ五孔にしてみました。
これも音と運指表を見て下さい。
(二番目閉じの音源 と2孔目なしの運指表)
日本の音楽は中国の音楽を取捨選択し日本独自の感性で発展してきましたので当たり前といえばそれまでですが、五孔にした古代尺八が一節切と同じ音階になることが確認できました。
中国ではたとえば五声があればそれらの音がすべて主音になれるのですが(小泉文夫『日本の音』)、日本では呂・律の2つの音階に集約されました。とくに日本の好みに合ったのが律音階でした。一節切の曲も多くはこの律音階でできています。