会報NO.52

『三節切初心書』を読む−その2−

貴志清一

 前回からの続きです。

○ ここの本文でも小竹を使うことを勧めています。

  そして上手(功者)になってから大竹を使うことを注意しています。

それにしてもこの時代の三節切はどのくらい楽器としての性能がよかったのでしょうか。不幸にも私は三節切を吹いた経験がありませんので大変残念です。誰か吹かせていただきたいものだと思っています。

 其れはさておき、一般的な解説で「一尺八寸」だから、尺八だというのが、この時代にもう出ているのがおもしろいです。

 「壱尺八寸に切心有(きるこころあり)て。此名を付といへ」りなのでしょう。

 

 そして、注目すべきは「打ゆびともにしるすなり」というように「打指」がこの頃には存在したことでしょう。

 ツルルル レルルル は琴古流本曲では至る所で出てきます。

 音色としては”ポン”という風にまるで鼓の音のようです。私もこの音が好きですが、300年前、そして鼓を使った室町時代のお能の観阿弥以前から考えても日本人は数百年以上”ポン”という音を好んできたことになります。田楽などの鼓の歴史はよく分かりませんが、昔はやった某フィルム屋さんの

「お正月を写そう。ポン」が思い出されます。

 

一小竹にてほそきを用。筒音よくふきならふへし。大竹にても吹事なれどもそれハこうじやに成(なり)ての事也。初心にてハ成がたし。但シ丈壱尺八寸に切心有(きるこころあり)て。此名を付といへ共(ども)竹のふとほそにて調子かハれば極(きはめ)がたし。先初心にハ小竹を用。筒音少(すこし)にても出なば其後(そののち)ハDにても又ハ手にても吹べし。第一十二のゆびづかい有。此ゆびづかいを覚ずしてハ不叶(かなはざる)事なれば打ゆびともにしるすなり

 

○ 運指表

 いよいよ実際の運指、出る音です。

 このフホウヱヤタヒイはほとんど糸竹初心集と同じです。三節切の運指名は恐らく一節切より学んだのでしょう。

 いま参考までに琴古流の譜を書き並べます。

 元の会報では図版も多く分かりやすいのですが、取りあえず琴古の手と対照させます。

 

『三節切初心書』 フ ホ ウ ヱ ヤ タ    ヒ  イ

   琴古流    ロ ツ レ チ り 二四五ハ、四五ハ、皆明

 

元会報の図は神田可遊氏がわざわざ本会のために書き送って下さったものです。有り難く参考にさせていただきます。

 本当に今の琴古流の手に似ています。

 

○ さて、ロルレラ というラ行の音符は打指です。

 

此(この)八字ハ皆穴の持音(もちね)なり。則(すなわち)白きはあくるの也。黒きハふさくのなり是をよくそらにて覚ざれば 吹給(ふきたま)ふ事なりかたし。但シ此内ロルレラ是(この)四つハ皆打指(うちゆび)なれば 外(ほか)にしるすなり

 

○ 打指は今と違っていますが、ラ 等はいまの琴古流のハラロのラと全く同じなのには驚きます。

 

此四字のロルレラは。右八字のゆびづかいに有(ある)なれば 皆打ゆびなり。

ロハ(は)ホの所にして 下を一つ打(うつ)をいふなり。ルハ(は)ウにして三の。穴打をいふ也。レハ(は)ヱにして 三の穴を打をいふなり。ラハタにして三の穴をうつ也。右ゆびづかい 以上十二なり。是をよくよく心をとめ 指のあげさげちがいなく。空(そら)にて覚候へば何事もはやく吹ならふ也。このゆびづかいを用たる物なれば。つかふ指外になし。

 

 さて、ここから元会報では4回目になります。

 

 私自身琴古流ですので、この『三節切初心書』に書いてある内容と自分が吹いていることが共通するのでとにかく興味深く感じます。

 竹保流の方も「フホウヱヤ・・」と言う音符を見れば、何かそこに感慨に近いものを感じるのではないでしょうか。

  今回も原文に沿って読んでいきます。特にここでは大変重要と思われる内容が有ります。「なるほど、この技法は300年前のこの頃からあったのか!」とびっくりするのは私だけでしょうか。

 その技法を箇条書きします

・折(おる、おり)

・息なやし

・ごろ

 この3つです。その説明も本文の通りで琴古流を学ぶ私にとってはごく自然行っている技法です。

「首振り3年 ころ8年」という風に“ころ”は比較的難しい技法ですが運指は全く同じで「ヒにして三四所にてこまかにゆびを重(かさぬ)るを云(いふ)也」そのままです。息なやしもタ(今のハ二四五)で「いきを二三度吹こむ」技法です。但し、今は二三度ではなくもう少し多いですが。折は琴古流本曲では欠かせない技法です。

 

又調子十二より外にハあらず。しらざる人ハ 数多(すだ)に聞ゆる也。又穴に一二三四うらといふ事有。是ハ下より四つめを一といふ。次ハ二三四也。

うらとハ 前に有をいふ也。其外折(おる)ごろ。息(いき)なやしといふ事有。折とハ筒(つつ)にて息を折(おる)なり。ごろとハ ヒにして三四所にてこまかにゆびを重(かさぬ)るを云(いふ)也。息なやしとハ タにしていきを二三度吹こむをいふ也

又吹こミなとハ 其ならひにて。

 

○ 当時のスタンダード・ナンバー「吉野山」を吹こう(インターネット版では楽譜は割愛しております。)

 

 さて、いろいろと説明してきましたが実際に『三節切初心書』の最初の曲「吉野山」を吹いて見ましょう。歌詞を見ますとこの頃既に吉野山は桜の名所だったことが分かります。この曲は『三節切初心書』以前に出版された「糸竹初心集」にも載っています。

 井原西鶴の「好色一代男」にもこの曲を歌ったとありますから、ほんとに有名な息の長い曲だったのでしょう。(即ちスタンダード・ナンバー)

 ここでは運指表を見て、各自の流派の譜で吹いてみて下さい。ただホ(ツ)等は神田氏のご教示の通り音程の定まらない所もありますので、今の尺八で吹くとあくまでも近似でしかないことも留意して下さい。

 

 また、表記はしていませんが、タの後のフは恐らく甲音でしょう。

 音の繋がり上当然の所は昔も甲乙の表記を省略したと思います。

 

 譜面からはリズムがもう一つはっきりしませんが、恐らく西洋音楽のようにきちんとリズムを決めなかったのではないかと思います。それは音の高さも同じで、この「吉野山」でも吟替「吉野山」が有、一曲をいろんな風に歌った事が分かります。

 だいたい歌詞の1字分が1拍と考えてみて下さい。この辺の研究ももっと進んで貰いたいものです。

 

参考までに、『三節切初心書』所載の曲目の一覧を掲載します。

 吉野山  吟替吉野山  あいの山  あいの手  ししおどり

 岡崎  江戸獅子  堺じし  すががき  たきおとし

 りんぜつ  

 

吹所おおし Dも是におなじ。惣(そう)じて 五調子(ちょうし)を極(きわむ)といへども。それハををく一節切(ひとよきり)に用ゆ。先尺八にて Dハ持音一越(もちねいちこつ)の調子用也(もちゆるなり)

   三節切D証歌

よしのゝをやまをゝゆきかとミればゝゆきてゑハああらでんゝやあこ

れのはなあのふヾ

きよのんゝやあこれの

吉野の山を 雪かと見れば 雪ではあらでん やあこれの

花の吹雪よのん やあこれの