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「倍音を,吹いて納得! 地無し管と地塗り管の特性」
「倍音」の知識は尺八の技倆向上とは全く関係ありません。ただ知っていて損はない知識ですのでしばらくおつきあいください。
倍音というのは一定の長さの絃や尺八のような空気柱を鳴らすと、音の高さとして聞こえる振動数の上に存在する整数倍の音の列です。
たとえば乙ロ(D4)を吹きますと、これはだいたい292Hzの音ですので、2倍の584Hz(甲ロ)、3倍の876Hz(甲チの高さ)、4倍の1168Hz(甲五のハ、都山ピ)、5倍,6倍、・・・・・・と無限に続きます。
この無数とも言える倍音の混ざり具合は人間の耳では識別できません。また仮に識別できれば1つの音でいくつもの周波数を分別するのですから頭が混乱してしまいます。しかし倍音の混ざり具合、いいかえればその特性は生物として生きる上での重要な情報になります。
どういうメカニズム(機構)かは知りませんが、倍音の特性は「音色」として敏感に識別できるのです。これはある領域の周波数違う電磁波を「色」の違いと感じる目と同じく、まさしく超能力でしょう。「あいうえお」という母音を区別できるのもこの「音色」のお陰です。音の高さは同じなのに「あ」と「い」は明らかに違います。人間の声帯は一種のブザーみたいな音を出すだけですが、咽喉や口形を変化させ、周波数の特性を変えることによって母音が区別できるのです。(フォルマント)
さて、10年前に二代目河野玉水さんに節残しの地無し管を作っていただいてそれ以来毎日吹き続けてきました。地塗り管はお琴の会で必要なときだけ吹いています。その中でわかったことは、地無しと地塗りでは明らかに音色が違う、しかもその違いがあたかも地無し・地塗りは別の楽器だと感じるほど違うのです。
柔らかく、そして時には力強く、まるで話をするような音色の地無し管。本曲は地無しに決まっている。しかし、大勢の琴の合奏の中では惨めなほど貧弱な音にしかならない地無し管。
その「べー」という音色が耳につき、地無しを知ってからは本曲などとても吹く気になれない地塗り管。しかし、琴の会では(みなさんテトロン糸を張っている中でも)ビューと吹けて響く頼りになる地塗り管。時には西洋楽器と合奏しても、なんとか対処できる地塗り管。
この違いはきわめて大きいのですが、音楽の入門書を読めば音は基音+第2倍音+第3+・・・・+第n倍音でできているので、地無し管といえども空気柱ですから地塗り管と大きく違うはずはない??
音響の研究者ですとソナグラフという周波数分析器を使うところですが、そんな洒落た装置またはパソコンソフトはもっていませんので、尺八の倍音の出る範囲で調べてみました。
考えて見れば尺八の甲音はすべて乙音の第2倍音を使っています。
ですから、第3、第4倍音ぐらいなら出せそうです。
乙ロの指遣いでいけば、第3倍音は甲のチの高さですので吹き始めにほんの少し3孔を開けて甲チの高さの音がでたら、すばやく閉じて出します。
想定としては、
○高い倍音が出しやすい=高次倍音がより優勢=良く響く(悪くいえば「べー」という音になりやすい)
このように考えました。
ところが、この実験をしてまったく予想もしなかったことが分かりました。
音楽の理論書では基音→第2倍音(オクターブ上)→第3倍音(第2の五度上)→第4倍音(基音の2オクターブ上)になるはずです。
しかし、地無しの「ツ」などは第3倍音が1音分上がってしまうのです。いわゆる、倍音列から外れるということですが、その外れ方が半端ではないのです。
私はフルートも少し吹きますので分かるのですが、フルートは全ての倍音がだいたい理論通りになります。ドなら→ド→ソ→ド。
ドップラーの「ハンガリー田園幻想曲」ではこの倍音(ハーモニクス)が出てきます。
地無しと地塗りの吹奏可能域での倍音について実験をしてみましたので、下記の五線譜を見ながら実際の吹奏をお聴き下さい。
(実験音源 001:001jikken)
○実験に使用した1尺八寸管
節残しの地無し延べ竹=玉水銘
地塗り7孔=真山銘
(実験用尺八の画像)
(五線譜:)
この結果をわかりやすいように表にまとめました。
○表の1,2,3・・・はそれぞれ基本音、第2倍音、第3倍音・・・
❸等の白抜き数字は、通常の整数倍の倍音列から逸脱
△=極めて出にくい
(考察)
節残しの地無し管の方が高次倍音が出にくい、すなわち高次倍音が優勢でない。またその倍音が整数倍にならないことが多い。
これにより澄んだ音色よりは深い味わいの音になる.
また、各音が独自の音色の個性を持つ要因にもなる。
ところで、通常の倍音列からはずれる音があるということは、整数倍の振動ではない音を含むので、良く響くのではなく、お互いの音のエネルギーが打ち消し合う方向に向かう。それで、長所は「味わい深い」音になるということだし、逆に「あまりビューと鳴らない」ということにもなります。
この表で見ると、節残しの地無しと地塗りは「別の楽器」と考えるべきだということが分かります。
本曲を味わい深く吹くには地無し管を使うのが本来の姿です。しかし、「明鏡」のような三味線がばりばり弾きまくる箇所のある曲には地無し管は使えないということも心にとめておくべきでしょう。
さいごに、地無し管が本曲に向いているということを琴古流本曲「三谷菅垣」の一部分を地無し・地塗りで聞き比べてください。