竹音の熟成
尺八吹奏研究会 貴志清一
今から10年ほど前までは、一部の人々ながら、
「尺八の音色や鳴りは気柱共鳴、即ち空気が振動しているのだから材質には無関係」という幼稚な理論を述べていました。
もちろん現在でも、何も尺八のことを知らない人は何となくそう思っているかも知れません。
よく参照されるWikipediaの"尺八"の項にも、
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B0%BA%E5%85%AB
「尺八の音色と材質は科学的には無関係とされているが[10]」という馬鹿げた説明がされています。
これは、いろいろな尺八を吹けば「音色と材質は非常に関係がある」とすぐわかることです。
実際の音を聴こうとしないで、頭だけで考えるからこういう間違った理論に走るのですね。
さて、この「音色と材質」は、意図的に"無関係"と喧伝し尺八製管界の技術向上を目指した工房がありました。
泉州尺八工房です。
http://senshu-shakuhachi.com/utakuchi2.html
その理由をみてみましょう。
「尺八の内部構造自体まだ過渡期で、質による微妙な違いを語る時期ではないと考えていたからです」
すなわち、あまりに尺八製管界の技術レベルが低いので、あえて「内部構造が大切ですよ」と強調するために材質論議に走らないようにしたのですね。
しかし、ある程度内径を整える技術が向上してきた現在、つぎのように述べています。
「一時、竹の質は音質に関係あるか?という論議もありましたが、関係無いことはないです。・・・・製作者の立場から言うと関係は強く感じます」
そうですね、レベルの高いプロの製管師でなくても、そして私のようなアマチュア尺八演奏者でも「竹の質と音質」の関係は強く感じるのです。
話は西洋楽器のフルートになりますが、私の知る限り、
「フルートの材質と音質は無関係」と言ったり書いたりしている人間は世界中どこを探しても皆無です。むしろそんなことを言ったら「おまえは、ド素人か!」と思われるますね。
素人ながら、フルートを少々囓ってきました。最初は洋銀製。次ぎに本体が銀製のフルートを使いました。
吹いている本人にとって洋銀と銀では音色の違いは厳然としています。たまに知人の「総銀製」フルートを借りて吹きますと、これまた音色が格段に良くなります。もちろん歌口の造りも違うのでしょうが、それにしても「材質と音質はおおいに関係あり」です。
私の身近なフルーティストはパウエルの金製(ゴールド)フルートを吹いていますが、お借りして吹いてみるとその華やかな音色に驚かされます。私のような下手な奏者が吹いてもそこそこの響きがします。
因みに、音大生でも金製のフルートを吹いている姿をよく見ます。
到底アルバイトでは買える値段ではないのでいつも「どうして工面したのかな」と庶民は考えてしまいます。
話は尺八からそれましたが、銀や金のような金属でも「材質」は音色に大いに関係があるのです。まして、自然素材である竹が「材質」の尺八は、それこそ「おおいに材質と音質」は関係あるといえます。
そして、フルートもそうでしょうが、尺八は特に自然素材ですから経年による「竹材の熟成」も大きいと思います。
材料の「熟成」などはなかなか数値化しにくいのですが、数値化できないからといって「ない」とは言えませんね。
たとえばピアノのような、一見、鉄のかたまりに鉄線を張ったような楽器も音色が時間と共に変化していくことを述べた箇所が、たとえば次のような一流ピアノ調律師の言葉でも分かります。
(東光男というグレングールドの最晩年に使ったグランドピアノを調律した人物)
http://www.k4.dion.ne.jp/~jizaianp/used1sell.html
以下、webページよりの引用
グランドピアノの「熟成」については先ず響板が挙げられます。
響板はスプルース材を薄く裁断し貼り合わせ人工的に加工して上部に反りを作り出した板に駒を載せたものです。 この反りを含んだ駒に弦が強く張られている為にハンマーに叩かれ
生じる弦振動のエネルギーが響板に伝播して、それが更に側板・屋根板等に共鳴し、あのピアノ音の基となります。
この響板が生物素材でありながらも人工的に捻られ接着されて作られている為に、新しいピアノの響板ほど内在する張りに不均衡が存在しています。 ここに長期間鳴らされ振動させられて熟成した響
板の価値が生れてくるのです。つまり、響板全体に存在していた張りの不均衡が緩和され、共鳴体として生物素材を使用する目的に近づくのです。
(Kishi注:尺八の竹も長く鳴らされたものは竹の繊維の不均衡さが緩和され、振動体として、また空気柱の共鳴をより良く支えるのではないかと予想される)
就中、いつも良く調律された状態で弾かれていたピアノほどその響板の価値も高いということになります。 何百年も前に製作されたバイオリンの名器が名手により弾き継がれ、
修理を重ねながらも益々価値を増している事実と全く同じことでしょう。
(注: 竹も、いつも良い響きで鳴らされていた尺八ほど、その竹の価値も高くなると予想される。)
また、ピアノのこの弦振動のエネルギーが駒を通じた響板へのみではなくて張られた弦の両端、つまり手前側のチューニングピン巻口を通じピン板から特に ヘクサグリップ(スタインウェイ仕様)がある
場合は前框を通じ側板方向へと顕著に伝播していること、そして反対奥側のヒッチピンが埋め込まれている部分からは鉄骨全体の方向へをも伝播しているのです。 前者のチューニングピンに関して云えば、
ミュージックワイヤーの綺麗な巻口に調律のチューニングハンマー操作の巧みさがあれば、ピアノに伸びのある音が生まれるという事実があります。 後者のヒッチピンからの鉄骨に関しても響板と同
じことが云えて、年数の経った鉄骨を使用したピアノほど全体に深みのある音になるというこれまた事実。
鉄骨は鋳型に溶鉄を流し込んで作られ、ホヤホヤの新しいものほど内部の分子配列が不均衡で流動性があると言われていますが、ここにピアノの共鳴体の一部品として馴染むまでの熟成が必要とされる理由が存在しています。
(注;なんと、生物、なかでも植物からはほど遠い鉄骨ですら、共鳴体の一部品として熟成が必要なのは驚きです)
実際の話として、ニューヨーク・スタインウェイ社の工場で何十年も埃まみれで放置の状態であった鉄骨を使用し、組み立てたフルコンサートピアノが "物凄く素晴らしい音がした" と、あるスタイン
ウェイ工場の技術者から聞いたことがあります。