100年ほど前の「楫枕」手事、華麗な?尺八二重奏(三世古童)
貴志清一
現在、月一回の合奏研究会に指導に行っていますが、参加されている尺八の方に「楫枕」の課題を出しています。尺八吹きにとって地歌は三絃や箏が入らないと成立しない音楽ですので実際に三絃や箏と合奏するのは大切な勉強だと思います。
教える立場の私としましても少しは事前に吹いておかなければと琴古譜を取り出しました。
ところで、竹友社の「楫枕」の備考には以下のように書かれています。
「備考
初段、二段、共に(大間拍子にて64拍子)(小間拍子にて128拍子)とす。64拍子の出処は箏の組曲より出づ。組の一歌はすなわち64拍子なり。また組の64拍子は雅楽に淵源せり。而して右の二段は段合せを為し得る用意を以て作曲せらる。」
「段合わせ」というのは拍数は同じだが、2つの異なる旋律を同時に演奏して楽しむものです。「楫枕」では手事の初段と二段が段合わせになっています。拍数が同じだからと言って転調の多い「楫枕」では到底合奏は無理ではないのか、と考えました。
しかし世の中なにごとも、疑う前に確かめるのが先決です。さっそく各部分の
調の判定をしてみました。
ちなみに調の判定はたった1つの原則でかんたんに判明します。
・チメリからり(都山ハ)へ音が移っているところは:レ調
・ツメリからレへ移っていれば:ロ調
・ロメリからツへ移っていれば:り調(ハ調)
即ち、チメリからりのように半音で4つ分、長三度の跳躍で見分けます。
楽譜を見て下さい。それぞれ、調別に色分けをしています。
(楽譜-kaji_makura)
これを見ますと、初段、二段の転調箇所がみごとに一致します。すなわち菊岡検校は拍数だけでなく転調も考えて段合わせ用に作曲していたことが分かります。
そしてこの「楫枕」手事段合せの録音がHPで公開されています。しかも今から100年ほど前。演奏者は尺八史に残る三世荒木古童で、もうひとりは彼の四男で荒木梅旭(四世)。
いかがでしたでしょうか。
個人的な感想ですが、この演奏をきくかぎり決して美しい合奏とは言えません。西洋音楽の和声(ハーモニー)を考えた二重奏のレベルではなく、単に〈合奏できます〉というレベルだと思います。
またこんなにも華麗に速く指が回ると演奏者が「俺は上手いんだ」と言ってるようで、個人的には好きになれません。
しかし、まあ、上手いですね。三世荒木古童が名人だといわれた所以です。
もともと地歌には尺八は要らないものです。その要らない楽器で明治以来、何万・何十万人という尺八吹きが地歌を研鑽してきた歴史は、やはりそれだけで賞賛に値するものだと感心する今日この頃です。
因みに私も地歌は100曲ほどでしょうか、一通り練習し、師匠からその都度ハンコを頂いた尺八吹きです。