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「七小町、七つの調で、七(回)困る」
−光崎検校は「七小町」に七つの調を織り込んだこと−
貴志清一
残暑、お見舞い申し上げます。
会員の皆様方におかれましては、ご健勝のことと拝察申し上げます。
向暑の砌、ややもすれば暑さのせいで尺八の鍛錬も怠りがちになりますが、少しの時間でも竹に息を通してください。息は「生き」に通じますので心と体の薬だと思ってください。
さて、今回は地歌の名曲「七小町」についてやや詳しく述べます。
この曲は江戸時代後期、大阪で活躍した光崎検校によって作曲されました。
平安時代の歌人であり絶世の美女であった小野小町についての七つの能の題名を読み込んだものです。少々言葉遊びの要素もある歌詞です。「まかなくに〜」で始まり次々に能の題がでてきます。
こういう詞は、解説してしまうと面白さが半減してしまうのですが、あえて若い世代の方に伝えるということで説明します。
( )内は解説です。
蒔かなくに、何を種とて浮き草の、波のうねうね生ひしげるらん、
(「草」の縁で)草紙洗ひも名にしおふ(@『草紙洗小町』)
その深草の少将が百夜かよひもことわりや、(A『通小町』)
日の本なれば照りもせめ、さりとては又(日本の国を表す)天が したとは、(天はあめと読み、その縁でB『雨乞小町』)
下ゆく水のおふさかの(しんどいですが、「おふ」でC『鸚鵡小町』)
庵へ心関寺の、(「心がせく」のでD『関寺小町』)
うちも卒塔婆も袖褄を(内と外でE『卒塔婆小町』)
(袖は)引く手あまたの昔は小町、今は恥ずかし市原の、
古蹟も清き、清水の(清いからF『清水小町』)
(京都の清水寺といえば観音様の)大悲の誓ひ、かがやきて
[手事] くもりなき世に(ここから能『鸚鵡小町』に引用された和歌がそのまま転用される)
雲の上 ありし昔に かはらねど 見し玉だれの 内やゆかしき
(蛇足ですが、小野小町は年老いていたので返歌をようしなかったので、とりあえず「内や」を「内ぞ」にかえてそっくりそのまま鸚鵡のごとく返したので能『鸚鵡小町』の名がある)
実に上手い具合に七つの能の題名が読み込まれていると思います。
さて、それから考えられることは、作詞の船阪三枝が上手く7つの題目を歌にしたのだから、作曲者の光崎検校が「何か音楽的な仕掛けを」したのではないかということです。
残念ながら私は地歌箏曲に関しては全くの素人ですし、参考にする文献も手に入りません。ですので、地歌についてよく知っている方から「今さら、そんな常識的なこと、言う必要ない。」と叱られそうですが、このことは自力で見つけたことですので嬉しくて書いていますのでお許しください。
さて、それは一言で言えば「光崎検校は『七小町』に七つの調を配した」ということです。
今、その調をり調から書き出します。 (西洋で言う5度ずつ上がっていきます)
り調−レ調−ロ調−チ調−ツ中メリ調−り中メリ調−レ中メリ調
なんと、この7つもの調が実に上手く使われているのが「七小町」なのです。言いかえますと、七つもの調が変幻自在に現れるので七回はおろか何十回も「こま」ちゃうのです。
近世邦楽によく使われる音階は「都節(みやこぶし)」音階、いわゆる陰旋法です。
ロ調ですと、上行するときは ロ − ツメリ − レ − チ − り − ロ(甲)下行するときは
(甲)ロ − りメリ − チ − レ − ツメリ − ロ
そして、「七小町」で使われる7つの調の音階をリ調(都山ハ)より書きますので、一度尺八(またはオルガン等)で吹いてみてください。
(CDの1番) り調(上行、下行) り−ロメリ−ツ−レ−ヒメリ−ヒ、ヒ−チメリ−レ−ツ−ロメリ−り
都山:ハ−り −ツ−レ−ハ −ハ、 ハ−チメリ−レ−ツ−り −ハ
レ調 (呂)レ−ウ−り−ロ−ツ−レ、レ−ツメリ−ロ−り−ウ−レ
都山 レ−チ−ハ−ロ−ツ−レ、 レ− ツ−
ロ− り−チ−レ
ロ調 (呂)ロ−ツメリ−レ−チ−り−ロ、ロ−りメリ−チ−レ−ツメリ−ロ
都山 ロ−ツ −レ−チ−ハ−ロ、ロ −ハ− チ−レ−ツ −ロ
チ調 呂:チ−りメリ−ロ−ツ中−レ−チ、チ−レメリ−ツ中−ロ−りメリ−チ
都山:チ−ハ −ロ−ツ中−レ−チ、チ−ツ −ツ中−ロ−ハ −チ
ツ中調(乙音より) ツ中−レメリ−チ−り中−ロ−ツ中、ツ中-ヒ五メリーり中ーチーレメリーツ中
(りと同音) 都山:ツ中−ツ−チ−ハ中−ロ−ツ中、ツ中-ハーハ中ーチーツーツ中
り中調 (上行)り中−ヒ五メリ−ツ中−レ中−チ−ヒ中、
(下行)ヒ中−レ−レ中−ツ中−ヒ五メリ−り中、
都山:(上行)ハ中−ハ−ツ中−レ中−チ−ハ中、(下行)ハ中−レ−レ中−ツ中−ハ−ハ中、
レ中調(七小町では、この調はレ中の一音だけで代表している)
(上行)レ中−レ−ヒ中、 都山: レ中−レ−ハ中、
実際、この7つの調が完全に理解できていて、尺八の大切な技法である「メリ音」を習得していれば「七小町」は、技術的には難しくはありません。
実際、変幻自在に変化する調を吹きなぞっていくことは大変楽しいことです。あまりに面白くて「吹きちらかし」て自分自身反省することもあるくらいです。
恐らく、光崎検校も三絃を弾きながら「われながら、面白く作曲できたなあ」と思ったことでしょう。
いま、譜例@(CD2番)、A(CD3番)を引用します。
縦譜の横に○で囲んでいるのが、その場所からの調です。
譜例@,Aで、り調からレ中メリ調の7つが全て出そろっているのが分かると思います。
参考までに私が尺八だけで「七小町」を通し吹きした演奏もCDに収めています。(CD4番)
模範演奏は、山口五郎師等のCDをお求めのうえお聴きください。
○なお、この論説の参考CDを希望者にお分けいたします。
限定40部(お一人1部) (CDには、調を表示した琴古譜「七小町」附きです。これで全曲の調の構成が理解できると思います。)
また、本CDはスタジオ等で録音したものではありません。従いまして生活雑音等が入り、お聴きぐるしい点をご了解ください。
【申し込み】 ・住所、氏名、пA「七小町CD・楽譜希望」と書いた紙と
80円切手6枚を同封して封書にてお申し込みください。
・品切れの場合は切手5枚(1枚は郵送用に使用)お返しいたしますので、その節はご了承ください。