尺八吹奏研究会メニューに戻る

四国尺八遍路旅メニューに戻る

四国逆打ち遍路&尺八 高知編⑩ (高知市〜香南市) 土井通有

○第4日 2025年3月20日(木)快晴

 ゲストハウス花鳥風月を6:45に出発。今日の朝も気温が低いので重ね着をして出発しました。
近くにある善楽寺の楼門につきます。現在修理中により大屋根で覆われています。
まだ肌寒い中、善楽寺の隣にある土佐一宮「土佐神社」に一礼をしてから善楽寺に向かいました。
御朱印は昨日の夕方いただいたので、今日は読経してから尺八を吹奏しました。
このお寺は元々神仏習合で、明治の神仏分離で一旦は廃寺となりました。
昭和の初めには南西5.5キロの地にある安楽寺とこの善楽寺の両方が30番札所を名乗るようになりました。
平成6年にようやく決着がつき、札所は善楽寺、そして安楽寺は奥院となりました。

 (写真①:土佐神社)


 (写真②:善楽寺本堂)


 (写真③:本堂で尺八) 


 善楽寺を出発し、裏の丘の上にある霊園まで登ってから県道を下ってしばらく行くと国分川のほとりに出ます。
この辺りより高知市から南国市に入ります。田園地帯を抜けて29番国分寺に到着(8:45)。
ここは大きな木立の中に鎮座する立派なお寺です。いつものように参拝して御朱印をいただきました。

 (写真④:田園地帯の遍路道)


 (写真⑤:国分寺山門) 


 (写真⑥:国分寺参道と本堂)


 この寺を出て、田んぼの中を抜けてから国分川を渡り、県道を南に進みます。
しばらく行くとコンビニに併設された休憩所で休むことにしました(9:37)。
私は逆打ちをしているので、多くの遍路者とすれ違います。その都度挨拶をして時々情報交換をします。
ここで歩き遍路に外国人が多いことに気がつきました。

そこで次の28番大日寺までに出会う人を数えることにしました。
まずこのコンビニで2人の歩き遍路の外国人に会いました。
土讃線の踏切を渡り、畑の中を歩いて行くと松本大師堂で休憩(10:21)。
順打ちの日本人遍路3人と同席。大師堂を出て物部川の橋を渡り、高台にある大日寺に到着(11:38)。
いつものように読経して尺八を吹奏してから御朱印をいただきました。ここは納経所の入り口に通夜堂があります。
ここをお遍路に一夜の宿として解放しているようです。
寺を出てからしばらく歩いて、野市の街に着くと香南市赤岡町にある博物館「絵金蔵(えきんぞう)」を訪れました(13:50)。
「絵金」とは江戸末期土佐で活躍した絵師であります。主に芝居屏風絵を描きました。
その絵は鮮やかな赤が特徴です。赤岡町ではちょうどイベントをやっていました。
そこでなぜかベトナムのバインミーを買って、絵金蔵の展示室に併設した休憩所でいただきました。
なかなか美味しかったです。たまにはエスニックも良いものです。

 (写真⑦:遍路の道しるべ石「28ばん 右遍路道 大日寺」) 


 (写真⑧:大日寺本堂)


 (写真⑨:絵金の芝居絵)


 さて、あと約5キロで今日の宿「住吉荘」です。土佐くろしお鉄道沿いに海岸の近くを東に向かいます。
途中にある手結(てい)港の可動橋を見学しました。
住吉荘は前回も泊まった遍路宿で、女将がテキパキと案内してくださり、長距離移動の疲れを癒すべく2階の和室に落ち着きました。

 (写真⑩:手結港・可動橋)


 宿はほぼ満室で、私ともう一人の日本人男性がいましたが、他の5人は外国人のようでした。
夕食をいただく部屋と宿舎は別棟になります。ここは海岸がすぐ近くで、自室に戻る時に南の空が水平線まで見えていました。
それでオリオン座の下をたどって、南の水平線をじっと見つめると船の光ではない赤い星の光がちらちら見えました。
おそらくこれはカノープス(別名:南極老人星)と確信しました。
私は何十年ぶりにか確認でき、感動しました。この星は空が暗くて澄んでなくては見えません。
カノープスはりゅうこつ座のα星、全天で2番目に明るい恒星(−0.74等級)なのです。
なお1番は大犬座のシリウス(−1.46等級)です。カノープスは南天にあり、日本では南の空低く見えるので、
地平線の空気のため実際より暗く、またより赤く見えます。

 さて、国分寺と大日寺の間(9.2km)に出会った歩き遍路の数は17人、そのうち7人が外国人でした。
すなわち外国人の割合は約4割です。お遍路も国際的になったものです。
しかも今日の遍路宿でも日本人は少数派だったのです。

 歩行距離:29.2キロメートル 所要時間:6時間