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インターネット会報2010年9月号
「350年前一節切(ひとよぎり)奏者は極めて確かな音程感覚を持っていた」
-「糸竹初心集」の「吉野山」、五調子古管一節切吹奏CD&原譜-紹介・頒布
貴志清一
はじめに
この論説はひとえに一節切の専門家で古典尺八の演奏家の相良先生のご指導によるものです。一節切講習会講師の相良先生には紙面を借りまして心より御礼申し上げます。また、こういう貴重な講習会の機会を設けていただきました竹保流宗家の酒井松道先生にも、深く御礼申し上げます。
まだまだ一節切の初歩ですが全国の先達の諸師に、私の理解の浅いところ、勘違い等をご指摘頂くためにあえて文章にしたものです。よろしく御指導いただけますようお願い申し上げます。
いきなり「糸竹初心集」から入る前に、簡単に一節切について申し上げます。
一節切は「ひとよぎり」と読みます。室町時代から江戸時代初期を中心に流行した小型の尺八です。節が一つしかないことから「一節切」とかかれるのですが、この呼び方よりも当時は単に「尺八」と呼ばれていました。
室町時代に完成された能にすでに「尺八の能」という上演曲がありましたし、能楽者は謡の音を確認するために一節切を持参していました。
また、意外と現存する「一節切」古管も多いです。私も恐らく江戸前期に制作されその当時の人が何十年も吹いた指孔の減りが明らかな古管を持っています。文末に紹介するCDもこの管で吹いています。銘は摩滅しかかって不明ですが、「如山」と読めるかも知れません。
良く知られているのは
・武田勝頼より下賜の2管
・一休禅師ゆかりの酬恩庵所蔵・一休和尚所持の管
・岡崎山中八幡宮伝来の織田信長の管
・岡崎法蔵寺伝来の徳川家康の管
・一節切名手で一節切の書(1608年)「短笛秘伝譜」を書いた大森宗勲の管
・紀州徳川家所蔵は7管、等々
このほかにも多々現存しています。
上記の一節切所持者を見ると戦国時代史を改めて勉強したくなります。
室町時代の一節切愛好者で有名な人物は雪舟、一休となります。
さて、大森宗勲が「短笛秘伝譜」を著した後60年たって中村宗三という盲目の音楽家が「糸竹初心集」を著しました。この本は一節切・箏・三味線の教則本といったものです。箏は筑紫箏からようやく江戸時代前から発達して八橋検校に至るのですから100年も経っていないし、三味線については1600年頃のお国歌舞伎ではまだ使用されていなくて、その後の女歌舞伎とともに発展したので、この糸竹初心集(1664年刊)ごろでは、たかだか50年くらいの楽器としての歴史でしょうか。
その点、一節切は室町時代から続いて来ているのですから「糸竹初心集」の初めに一節切の解説を持って来ているのは自然なことです。
因みに、現在「糸竹初心集」は良く紹介されていまして、活字ですと群書類従に入っていますので少し大きな図書館で閲覧できます。また、有りがたいことに江戸時代の文字で見たい方は早稲田大学図書館が詳細画像でインターネット上に公開しています。勿論プリントアウトしても綺麗な印刷で見ることができます。(但し画像を加工しないとインク代がつく!)
http://www.wul.waseda.ac.jp/kotenseki/search.php
それでは、この「糸竹初心集」を基にして江戸前期の音楽専門家の音程感を見ます。
1.一節切の13の運指について。(一節切には基本的に13の運指があります)
「糸竹初心集」の前半の方で一節切の13の指孔を示した後、
「フホウエヤリヒ 上神イタルチ これを良く空にて覚えざれば吹き習うこと成りがたし。」とあります。
「吉野の山」など江戸初期の流行歌である小唄(こうた)を五つの調子で吹くには「フ」という基本音でもソ♯(G♯)とラ(A)の2通りの音を同一運指で吹かなければならないし、その他の音も「エ」(ミ:E)以外は2通りの音を出すことが求められています。これは歌口のメリ・カリで調整します。
しかし、普通の息で自然に吹きますと、次のような音の並びになります。
フ ホ ウ エ ヤ リ ヒ 上
=A H D E G A H D ここまで音が上行
琴古乙チ り中 ロ ツ中 レ チ ヒ中 ハ五
都山乙チ ハメリ ロ ツメリ レ チ ハメリ ピ
下行 神 イ タ ル チ
C H G E A
琴古 甲ヒ ヒ中 レ ツ中 チ
都山 甲ハ ハメリ レ ツメリ チ
2.「吉野山」の五調子を五線譜に対応させた楽譜
五調子で吹くというのは、結局壱越(D音)調子の曲を移調することです。
ところで、西洋音楽の五線譜にしますと各音の高さが視覚的に明瞭になります。壱越の「吉野山」を五線譜化し、後、機械的に平調(E)、双調(G)、黄鐘(A)、盤渉(H)に移調します。一節切は音域に限りがありますので途中でオクターブ下げたり上げたりしているところを確認しました。
以下の音符がそれですが、この五線譜化したものを一節切で吹いてみると以下のことがわかります。
@五調子すべて、曖昧なところは一つもなく、完璧な転調がなされている。
A前の音の息の強さ・弱さによって次の音が周到に選ばれている。
(たとえば、全開のイ音は、そのまま出せばBに近い音だが、平調の調ではメリ音のタ(F♯)の後に来るのでAの高さとして使われている)
※実際の楽譜は省略します。
3.「吉野山」五調子で使われる音
糸竹初心集が発刊されたのは1664年ですから、まだ陰音階は見られません。律音階が基本になっています。
律音階とは、
主音(2半音)音(3半音)音(2半音)音(2半音)音(3半音)主音、の並びです
ウ --- エ --- ヤ --- リ --- ヒ --- 上 (一節切)
レ --- チ --- り --- 甲ロ --- ツ中 --- レ (琴古譜)
レ --- チ --- ハ --- 甲ロ --- ツメリ --- レ (都山譜)
それを考えながら音の配列をを見ると、極めて厳密に律音階が守られていることがわかります。
江戸前期、音楽理論は極めて厳密に理解されていたことがわかります。一部の現代人の想像のように「昔は曖昧な音程やいい加減な音だった」のでは決してありません。
実際には、吉野の山を五調子で吹いたCDには資料として楽譜をつていますので、より深い理解をしたい方はお申し込み下さい。
4.完全に滅びてしまった一節切を研究する理由
私個人としては一節切研究の動機は「一節切は尺八の仲間だから、どんな楽器だったのだろうと知りたいから」です。
一節切研究から素晴らしい歴史の教訓を引き出したり、現在の尺八が当面する諸問題の解決法を見つけだしたりと、そういうことは副産物的なものだと個人的には考えています。
私にとって一節切とはちょうど、完全に滅びてしまった中生代の恐竜について、子供が「キョウリュウってどんな怖い生き物だったんだろう」といろいろ知りたがるようなものです。
そうはいっても色々と調べたり実際に古譜を古管一節切で吹いてみますと、少し現在の尺八についての新しい見方もできるようになります。
たとえば一節切において、エ(尺八ではチの指)以外は全て半音違いの2つの音を出さなければなりませんし、また出せる構造になっています。言いかえますと、ほとんど同じ音色で半音の幅の音程を変えることができるということです。これは地無し尺八の特性、即ちメリ音でも音色がほとんど変わらないということと共通します。
長い間地塗り管でレ音のナヤシを吹くとき、メリ込みますとレとは異質な音が出てそれが嫌で地無し管を求めたのですが、この地無し管の特性が一節切と共通しているという知見が得られたのです。
また、普化尺八最初の教則本「三節切初心書」(1700年頃)と「糸竹初心集」(1664年)について、この二つは大変共通項が多いということも分かりました。両書に共通の曲「吉野の山」などはどちらもフホウエヤリヒ式の楽譜でほとんど同じです。詳しいことは改めて発表しますが、「一節切奏者が普化尺八に移行していったので、結果として一節切が完全に消滅した」という私の仮説がどうも正しいのではないかと思えるようになったことです。
○研究CD「糸竹初心集」所載「吉野の山」吹奏CDの申込方法
(糸竹初心集の原譜と五線譜付き、CD)頒価1000円送料無料)
・尺八愛好家で一節切の音を聞いたことのない方にお勧めします。
・古文書、音楽史に興味のある方にもお勧めします。
備考・作成部数に限りがあります。品切れの場合はお送りできませんので、あらかじめご了承下さい。
ハガキに「吉野の山CD( )枚希望」と記し、住所・氏名をお書きの上、下記宛までご投函ください。
(送料は無料、一枚1000円原譜と五線譜付き)
※事務処理の都合上、恐れ入りますが先の送金はご遠慮ください。
〒590-0531泉南市岡田2-190-7貴志清一 宛
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