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「四国尺八遍路あれこれ④」(日記)  土井通有 *讃岐国行脚*

 10月3日(土) 善通寺宿坊にて朝5時に起床し、身支度をしてから朝のお勤めに参加しました。
このお寺、75番五岳山誕生院善通寺といい、弘法大師が誕生した地に建てられているのです。
金堂・五重塔がある伽藍「東院」と西側の「誕生院」御影堂はお大師様が誕生した佐伯家の跡地にあります。(写真①②参照)

 早朝6時より御影堂にて朝のお勤めに参加し、その地下にある「戒壇めぐり」(暗闇の中、ご宝号を唱えながら大師と結縁する道場)を経験しました。
それから宿坊に移動して朝食をいただいて出発。
すぐの東院に行き、金堂に納経して御朱印をいただきました。
境内は広く朝から数人の方が掃除をして伽藍を清めておられました。
私は五重塔の下で今日の巡拝の無事を祈り、尺八一管「手向」を奉納しました。
作業をしていた方から良い音色ですねとお褒めをいただきました。(恐縮です)
 東院を出て76番金倉寺に向かって善通寺市の町並みを進みました。
早朝の澄んだ空気が心地よい。9時には金倉寺につき巡拝作法によりお参りして、77番道隆寺に向かいました。
道隆寺は、丸亀市の郊外の多度津町にあり、和銅5年創建当時は桑園の中だったそうです。
この桑の大木を和気道隆公が薬師如来に彫像してお寺に安置した。真言宗醍醐派の古刹です。(写真④参照)
 遍路道はすぐ丸亀市に入り、市内を目指します。
まだ体調が優れないのですが、よく考えてみるとこの数日まともに昼食をとっていない事がわかりました。
つまりエネルギー切れと言うことです。
そこで丸亀と言えば「うどん」というわけで市役所近くのうどん屋に入りました。
かなりの繁盛店と見受けられ、この時期としては少し密と思いました。(客席にはアクリル板らしきものはありました)
そこで熱々のぶっかけうどんを食べ、力をつけて一息つきました。
だし醤油がとても旨かったです。ここまで来てせっかくなので近くの丸亀城を見物しました。
この城は現存十二天守の一つで、大きくはないものの往年を彷彿させる見事な天守でした。(写真⑤⑥参照) 
丸亀城を出発して78番郷照寺に向かって県道を歩きました。
遍路では山道などの難所も大変ですが、交通量の多い道路や、特にトンネルの通過は危険を伴い、
私もリュックサックに蛍光反射帯(これもお接待です)をつけています。
郷照寺は「厄除け大師」と呼ばれ、四国霊場で唯一の時宗のお寺です。
いつものように参拝し、坂出市の79番高照院に向かい、商店街(いわゆるシャッタ−街)の中、少し足を引きずりながら歩いて行きました。
 79番は、金華山高照院天皇寺といいます。
ここは、同じ境内に白峰宮(神仏習合)があります。
天平年間行基により開山され、空海が現在の地に中興し、十一面観音菩薩などを安置した。
その後保元の乱により讃岐へ配流された崇徳天皇が崩御されて社が造営された。
そして崇徳天皇寺と呼ばれるようになりました。
御詠歌は「十楽の浮き世の中をたづぬべし 天皇さえもさすらいぞする」。
崇徳天皇は言わずと知れた最強の怨霊です。(写真⑦参照)
 近くの八十場駅から坂出駅まで列車で戻り、予約しておいた「旅館みき」に向かいました。
同宿者はいなく貸し切りでした。 本日の歩行距離:26.7キロメートル

写真①善通寺御影堂 


写真②善通寺五重塔 


写真③金倉寺 


写真④道隆寺多宝塔


写真⑤丸亀城 


写真⑥丸亀城天守 


写真⑦白峰宮(崇徳天皇を祀る)