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 尺八愛好家の座右の書『虚無僧と尺八筆記』発刊(神田可遊著)    貴志清一

 平成最後の月となる4月10日に優れた尺八研究家の神田可遊氏が上記の本を出版されました。
 尺八の歴史を伝説ではなく史実に基づいて書かれた本はいくつかありますが
 一番新しいと思われる値賀氏の『増補改訂 伝統古典尺八覚え書き』(平成10年)でもすでに20年ほど経ちます。
 その間に明らかになった事実は一般の尺八愛好家の目には触れにくいものです。
 神田氏の精力的な資料収集力と広い視野に立った尺八観はすばらしいものがあります。
 その氏の蘊蓄がつまった本が今回の『虚無僧と尺八筆記』です。
 (申し込みはメールにて神田氏宛、ご連絡下さい。頒価1,600円+送料 メールアドレスは kanda-sk@nifty.com です。)


 元は月刊雑誌「邦楽ジャーナル」に永らく掲載されたものですが、一つ一つが学術論文にも匹敵するほどの内容です。
 また氏は一方では尺八をキーワードにいろいろな分野の関連資料にも視野に入れてなかなか「おもしろい発見」もあります。

 「まえがき」では尺八研究の動機を述べられています。
 尺八研究のきっかけは飯田任風師の『虚無僧行脚旅日記』を見たことで、その「日記」に書かれた跡をなぞるように
 関東各地はもとより全国の虚無僧寺の跡のほとんどを訪ね回ったとあります。
 この成果がp2の「全国虚無僧(普化宗寺院)マップ(地図)」として写真入りで収められています。
 この行脚を経て3つの研究動機が浮かび上がりました。
1.虚無僧発生の謎
2.明暗對山派の成立過程
3.三節切(七節の尺八の前形)の研究。

 この3つの研究課題はp4からの「虚無僧と尺の変遷」に集約されます。幅広い資料に裏打ちされた、
 しかも簡潔な表現で2019年時点での最高の尺八史になっています。
 すべからく若い尺八研究者はここから出発するべき論文です。

 p8から始まる「尺八浪漫」は尺八周辺のことをとりあげていて楽しい読み物となっています。
 p11の「定番だった薦僧の折り紙」などは、web上で折り方を探して実際に折ってみました。
 虚無僧の折り紙を折って机の上に飾っても尺八が上手くなるものか!と野暮なことは言わないようにしましょう。
 同じ「尺八浪漫」ですがp14から始まる・九州の尺八・関西の尺八・東海の尺八・関東の尺八・奥州の尺八・津軽の尺八は圧巻です。
 貴重な写真を惜しげも無く掲載してほんとうに勉強になります。
 一例ですが、p14の初代黒沢琴古の師の「一計」の尺八などは琴古流本曲を目指す私にとって
 「へえ~、こんなの残っているのか!」と唯々感心するばかりです。

 p32からの「尺八要語 そのウソ、ホント」と若干軽いタイトルですが、内容は目から鱗です。
 私などは「一節切研究を志す」ということで、できるだけ色々な資料を見てきたつもりですが、p33の、
 「...〈竹のにおい〉ってご存じですか?実は一節切(ひとよぎり)を吹いて竹が暖まってくると、得も言われぬ香りが立ちこめてくるのです。
 なるほど、昔の人は音だけではなく、香りも楽しんでいたのか!」とあります。
 本当に、「なるほど」です。知りませんでした。

 p50からは「尺八名人・奇人伝」です。
 ここからの人物研究もすごいの一言です。
 荒木竹翁、吉田一朝、久松風陽、黒沢琴古、近藤宗悦、古鏡(製管師)、伊藤虎眼、谷狂竹、浦本浙潮、宮川如山、樋口對山、
 小林紫山、源雲界、後藤桃水、小野寺源吉、神保政之輔、中塚竹禅、飯田任風、
 これだけの超重要人物をきちんと調べたものだと思います。
 もちろんこれ以外の人物も調査しているのでしょうが、これは次の神田氏の著作に期待したいと思います。

 p68からは「尺八本曲解説」で、市販のCDなどに付されている当たり障りのない解説ではありません。
 各曲とも深く掘り下げた読み応えのある研究です。
 「虚霊」「虚空」「鈴慕・霧海箎」「菅垣」「獅子」「鶴の巣籠」「鹿の遠音」「瀧落」「下り葉」「志図」「薩慈」
 私にとって何度読み返しても教えられる内容です。

 簡単な紹介をさせていただきましたが、尺八愛好家、とくに古典本曲を修行されている方はぜひ座右の書にしてください。