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(予告) 私家版:DVDによる尺八奏者のユリ(ビブラート)
9月下旬頒布開始予定
貴志清一
私家版:DVDによる尺八奏者のユリ(ビブラート)は私の所へワンポイントレッスンに月1,2回程度お見えになる方々のためにと思って現在作成中です。
流派や地理的な問題、その他の理由で本当は毎週、最低でも月3回のお稽古が必要なのですがやむを得ず月に1,2回しかこれないということで、その補足のために作っているわけです。
尺八のユリ(ビブラート)のような、専門家ですら修得が難しい技法については確実にビブラートのできる師匠のもとで、長期に亘って体に自然に染みこむようにして体得するものです。
私の場合、なめらかで伸びのある素晴らしい演奏で定評のあった二代目故池田静山師の所で2年間、毎週お稽古をつけて頂きました。またその後、三曲合奏の演奏では抜群の演奏をされた故松村蓬盟師の下で長い間勉強してきました。もちろん、尺八のユリ(ビブラート)についてはほとんど指導して頂いた記憶はないのですが師匠の演奏が体に染みこんだのか、ユリ(ビブラート)修得には困りませんでした。
しかし、ユリ(ビブラート)は難しい技法ですので両師の弟子全員がそれを身につけているわけではありません。
ところで、尺八に最適な"横ユリに息の拍動を忍ばせるユリの技法"は適切な指導と訓練があれば、名人でなくても獲得可能だと思います。何故かと言いますと、横ユリは実際に見て確認できますし、息の拍動は「フーフーフーフー」という自然なものだからです。
その点、フルートは難しいですね。
フルートはビブラートの波を息で作ります。そのためお腹からの息だけでは荒すぎますので、ある瞬間その荒い息を打ち消すような咽喉の動きがなければなりません。それを最終的には「ほろほろほろほろ」というような滑らかでしっかりしたビブラートに仕上げるのです。
丁度上手なオペラ歌手のようなビブラートです。
これは極めて難しいので、本当に良いビブラートをかけられるフルート奏者は私の周りにもほとんどいません。上手なビブラートの例としては、
J.ゴールウェイの演奏をお聴き下さればわかります。
息の拍動はともかく、咽喉(声帯付近)の筋肉の動きは見えないのでフルートや声楽のビブラートは極めて難しいのです。
しかし、尺八の場合は横ユリは目に見えますので比較的簡単です。
簡単なのですが、ユリ(ビブラート)は体に染みこむような指導環境がいることは確かです。そのため、月に1回のお稽古の合間に映像を見ていただく教材としてこのDVD「尺八のユリ」を作成しているわけです。
私家版ということで、まったくの手作りで撮影も装幀も素人作業ですがご参考になればと思い頒布を予定しています。
尺八の音を揺らしてなめらかにする技法は丁度自然界での波の動きに相当します。
ある尺八の流派では「音はゆらさない、棒吹きが正しい」と主張しますが、細かく観察しますと吹き出しに微妙な音の揺れを入れて表現しています。
この揺れを技法として意識的に修得し、やがては無意識的に自分の心の表現の発露として自由自在に演奏できるようになるための一つの参考書になると思います。
尺八の音を揺らすことを「ユリ」といいますが、これは息だけでなく指の技法をさすこともありますので、混乱を避けるために「息や首振りによる音の揺れ」を“ビブラート”と呼ぶことにします。残念ながら、現時点では他に適切な日本語がないからです。
さて、この作成予定の冊子では大まかに以下のことを述べています。
1.真っ直ぐな音によるロングトーンのすすめ
2.ビブラートの基礎となる「息の支え」
3.尺八のビブラートは“横ユリ”が基本。
4.“横ユリ”に息の拍動を伴ったなめらかなビブラートの獲得
5.(参考)“横ユリ”と“息の拍動”=1対1を打ち消し合うようにしてかけるビブラート
以上のことがらを説明すると同時に、その技法を獲得するための練習法を記します。
ただし、尺八のビブラートは、たいへん微妙なものですので、これらの技法を修得している教授者の適切な指導の下で練習するのが一番よいと思います。
ところで、ビブラートの練習はややもすると尺八の音色を悪くする危険を孕んでいます。ビブラートというのは常に息が揺れていますので尺八が「鳴る」良いポイントが見つかりにくいからです。また、ビブラートのかかった音は魅力的ですので奏者がそれに酔ってしまって音色の追求を忘れることもということもあります。
この危険を避けるためにビブラートの練習時間と同じ時間をロングトーン(真っ直ぐに音を伸ばす)の練習にあてましょう。
尺八の専門家にとっても良いビブラート(ユリ)はなかなか獲得できにくいものです。
ビブラートのために首を縦にふり、そこに息の拍動をかける奏者もいます。この場合、ビブラートが深くなりすぎるようです。また、フルート奏者のように息の拍動に咽喉の動きを打ち消し合うように入れる奏者もいます。この技法は極めて難しいのですが、その人は実際に尺八で達成しています。しかし残念ながらこのビブラートは尺八の音色に若干合わない感じもします。
結論的に言えば、尺八のユリ(ビブラート)は首の横ふりに息の拍動を忍ばせるのが理想なのです。
この作成予定の冊子ではビブラートについて順序立てて説明し、またその練習方法も提示してたくさんの尺八愛好家がビブラートを獲得できることを目指しています。
さて、いきなり高度な技法である尺八のユリ(ビブラート)に挑戦する前に真っ直ぐな音によるロングトーンと「息の支え」を確認しておきましょう。
本当に良い尺八の音を求め、本当に美しいビブラートをかけるためには、音作りのためのロングトーンは欠かせません。
ビブラートのかかった音はちょうど来客を待つ座敷のようなものでしょうか。しんと落ち着いた座敷(ビブラートのない真っ直ぐな音)の床の間に掛け軸、一輪挿しの花(ビブラート)があればこそ、それらの装飾が輝いてくるのです。まずは、落ち着いた座敷を作ることが必要です。すなわち音作りが必要なのです。
理想の音の‘鳴るポイント’を見つける旅は尺八奏者にとって死ぬまで続きますが、その理想のポイントに限りなく近づく方法はロングトーン練習しかありません。しかも、単に真っ直ぐな音を出していればいいというものでもありません。常に良い音をめざして吹き続けなければなりません。
“乙り”(都山ハ)を音を伸ばします。そして自分の出している音が本当に良い音かどうか、音の出始めよりも良い音になっているかどうか考えながら音を延ばします。今出している自分の息が尺八の‘鳴るポイント’に当たっているかどうかを常に考えましょう。
ロングトーン練習で大切なのは、トーン(音)をロング(長く)する練習と考えないことです。初心者はよく勘違いすることです。音が10秒続いた、20秒続いた、と息を節約してオリンピック競技のように時間との勝負をしている尺八初心者がいますが、それではとうてい上達は望めません。音が長く続く(ロングトーン)のは結果であって、目的ではありません。たっぷりのお腹からの息で十分音を出し、その息が尺八の‘鳴るポイント’に当たっていれば音は長く続くものです。
ロングトーン練習は良い音を作る為の練習だということを忘れないでください。
すべての音でロングトーンを練習しましょう。
一音で20秒ですと、一分間に3回、30分ロングトーンをすれば一日100回ほどになります。一月で3000回、一年では36000回でしょうか。3万6000回良い音のためのロングトーンをつづければ、少しは音がよくなると思います。石の上にも3年といいますから、3年で10万回ほどのロングトーン。
私の経験では、10万回音作りをすればかなり音色も変わってくると思います。
ところで、ロングトーンの練習の時に、息に力が乗らないという場合があります。とくに初心者の場合がそうです。そのときは、正しい管楽器共通の腹式呼吸を練習しましょう。
[正しい管楽器の腹式呼吸]
・背筋を伸ばし骨盤も真っ直ぐにした姿勢を取ります。
・そして、まずお腹に力を入れて息を吐ききります。
・吐ききった瞬間、お腹の力を緩めますと一瞬で口・鼻両方からお腹の底に空気が自然と入ってきます。
・このとき軽く口を開けておくと、まず口から息が入り、素早く口を閉じると入る息の後半は鼻から入り、深い理想的な吸気ができます。
・その入った空気を逃さないように腹に力を入れます。
・そして徐々に息を出していきます。そのとき、現象としては腹が徐々に凹んでくるのですが、気持ちとしては腹が凹まないように力を入れて支えます。
・これの繰り返しですが、吐く息は長く、入る息は短くなるようにします。
・息を吐く時、外側の筋肉の腹筋・背筋にはかならず適度な力を入れましょう。
・また、横隔膜はそれ自身動きません。腹筋等の動きに合わせて上下しますので横隔膜を上下させる意識は持たないようにします。
・理想的には、感じとして腎臓のあたりにまで空気を入れる気持ちが大切です。
・これを毎日、すべての尺八の音で練習します。
・そして、尺八は呼吸の訓練だけではありませんので。常に良い音、よりよい音を目指して練習してください。
[腹圧を有効に使う方法]
(いわゆる“息の支え”と言われるもの)
お腹にしっかりした支えがある奏者でも、やや息に力が乗っていないという印象を受けるときがあります。その原因の一つは、お腹から突き上げる上向きの力だけが独り相撲をしていて、有効な息の圧縮になっていないからです。
空気を圧縮するには、一方的な力ではだめで、両方からの力が必要。すなわち、腹圧をかけるとき、それに見合うだけの支えが必要だと言うことです。
そして、その支えこそが上唇裏の空気部屋、すなわち口腔前庭なのです。ここに空気が少したまるようにしますと下からの腹圧を口腔前庭が受け止め、整流された良い空気の流れが歌口に当たり尺八が朗々と鳴るのです。それにはもちろん、良い水準の楽器としての尺八が必要なのですが。
※口腔前庭(こうくうぜんてい)に関しては『尺八吹奏法Ⅱ』を参照して下さい。
〈一瞬だけの横ユリで理想的に鳴るポイントを見つける〉
さて、体全体を使った良い息で音を出し、音が出て1,2秒後に一瞬だけ横ユリを1,2回入れてみます。すると音色が格段に良くなる点が見つかります。そのポイントを大事にして続きのロングトーンを行います。首を左右にたった1,2回わずかに振るのです。大きく振ってはいけません。この練習を続ければ短期間の内に良い響きを獲得できるるのです。また、この一瞬の横ユリが後の滑らかなビブラート(ユリ)へとつながります。
以上のような音作りが十分できるようになった方々は2017年9月頒布予定のDVD尺八奏者のユリ(ビブラート)をご試聴下されば幸いに存じます。