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65才からの「△正三角形・支え法」~鉛筆くわえ法を基本にして~

(注)「今回の記事は架空のものであり、実在の人物とは関係がありません」
 竹尾学さん(T)は今年で65才。竹歴25年で三曲合奏や新曲演奏を楽しんでいる尺八愛好家です。諸事情により定期的なお稽古は無理ですので、ワンポイントレッスン生ということで年に数回勉強に来られています。研究熱心で練習の鬼でもあります。

(T)「今日もよろしくお願いします。ところで先生、去年教えてもらった"鉛筆くわえ法"は効果抜群でした。自分でもどうしたらいいのか暗中模索でしたが毎日10分間ほどこの訓練をしていたら、演奏の途中に口が言うことをきかなくなるスランプが解消しました。」

(K)「それはよかったですね。大抵の人は60才前後からの口の周りの筋肉の衰えを認めたがらなくて、結局は大きなスランプに陥り尺八を止めてしまうこともありますね。Tさんは素直ですから鉛筆くわえ法を試すことができたのですね。」

(T)「ところで先生、八寸管は大丈夫なのですが一尺六寸管を吹いたとき、どうも"口のひん曲がり"の危険性を感じて怖くなり音を弱めてしまうのですが。一尺六寸管には「鉛筆くわえ法」は効果がないのでしょうか」

 ここで私は『尺八吹奏法Ⅱ』に載っている「毎日のウォーミングアップ」を一通りTさんに吹いてもらいました。最初は軽やかにいくのですが途中から音が堅くなりみるみる内に音が弱くなってしまいました。
 永らく尺八を教えている直感から"下唇の支えが弱くなってきている"のが原因だとわかりました。

(K)「Tさん、もしかすると"上唇の口腔前庭"に息をためることだけに意識がいっていませんか」

(T)「はい、先生の口腔前庭理論のとおり、がんばって息を上唇裏にたまるように吹いています。」

(K)「それは正しいのですが、今は私もTさんも60才をすぎて筋肉が劣化してきています。朝の洗面で顎(あご)の下に皺が二重にも三重にもなっている自分の顔を鏡に映っていて、思わず年を感じることはありませんか。若いときと比べて筋肉はそれほど劣化するのです。
 40,50才台では上唇裏に口腔前庭を作るとき、自然に下唇の周りの筋肉はそれをしっかり支えようとします。しかし、悲しいかな、個人差はあるにしても60才を過ぎるとその支えが弱くなります。弱くなるから力を入れようとするのですが、これは音が堅くなることにつながります。そして"口腔前庭"に意識を集中すればするほどアンブシュアのバランスが崩れ、六寸管のような速い流速の要る楽器では"口がひん曲がってくる"のです。」

(T)「はあ、そんなものですか。八寸管と六寸管は、そんなにも違いますか。」

(K)「Tさんの六寸管はたいへん優秀な管ですが、決して"ふっと吹けば鳴る"竹ではないですね。しっかりした息を理想の"鳴るポイント"に当たって、はじめて芯のあるしっかりした音が鳴るのです。
 Tさんは"鉛筆くわえ法"でしっかりした口輪筋ができかかっているのですから、下唇の方にも意識を持っていきましょう。
 図にしますと、またそれに引っ張られますので図示しませんが、
"上唇裏の口腔前庭を△正三角形の頂点として、底辺の左右の角を下唇の裏側に意識します。極端に言えば、下唇が正三角形の底辺です。
 もちろん奏者によって変わってきますが、この息の出口を真ん中にした正三角形を支えにするのです。」

(T)「鉛筆くわえ法で、鉛筆をくわえながら正三角形を意識すればいいのですか。」

(K)「それも一つの訓練法でしょう。Tさんのために、これを"△正三角形・支え法"と名付けましょう。一尺六寸管を吹いている時、口をひん曲げたい誘惑が忍び寄ってきたらこの"正三角形・支え法"と唱えながら三角形を意識して下さい。」

(T)「今日、六寸管も持ってきていますので、今からやってみます。」

 Tさんは素直な方で、私の"正三角形・支え法"という怪しげな即席の命名にもかかわらず六寸管で音伸ばし、跳躍、それに『春の海』や『キビタキの森』などを吹きながら試していました。
 私もその試行錯誤を目をつむって聴いていたのですが、10分ほどして、
(T)「不思議なことに急に口元が安定した感じです。ずっと吹き続けていると"口元をひん曲げようとする"誘惑はあるのですが、△正三角形のイメージをすると息の出口を三角形で支える感覚が生まれます。私がずっとやってきた"鉛筆くわえ法"は、この三角形の支えを作るため練習だったような気がします。ありがとうございます。」

 その日はいつも教えている琴古流本曲や新曲などはする時間がないので全くの基礎練習的なものでお稽古は終わりました。
 Tさんは2週間ほど経ってまたワンポイント(月2回ですからツーポイント?)のお稽古にいらっしゃったのですが、

(T)「長期に亘って悩んでいた六寸管ですが、もう吹いている時に"口がひん曲がって"音が出ないというスランプから脱出できました。単管での演奏会も怖くなくなりました。これからは八寸、六寸の二刀流で自信を持って尺八を吹いていけます。」

(K)「とにかく三曲合奏の曲など、私より上手なTさんですので、これで六寸管がしっかり吹ければ言うことないですね。よかったです。
 それにしましても、六寸管のような流速の速い楽器は、やはりある程度の筋肉の張りがいりますね。」

 この日はT さんのお稽古のあと市内のデイケア・センターから頼まれているボランティア演奏の下合わせがありました。ちょうど良い機会だと思い、練習風景を見てもらいました。
 尺八とキーボードで歌謡曲などを演奏するのですが、キーボード奏者は楽器の運搬・設定を略すためにお稽古場のピアノで伴奏してもらいました。10月ですので気温も高くないので尺八は440Hzがいいのですがピアノは443Hzに調律しています。これは非常に厳しく全曲カリ気味で吹かざるを得ません。とうぜん六寸管を吹く口元は通常よりも緊張を要求されます。
 ですからピッチを低い目にして軽く吹くことはできず、私が思いつきで名付けた"正三角形・支え法"でしっかり口元を支えなければなりません。
 Tさんにこの方法の有効性をわかってもらうために合奏練習を聴いていただくことにしたのです。
 当然のことかも知れませんが、練習の時、私の口がひん曲がることはありませんでした。
 下合わせの合奏が終わって、改めてTさんは"正三角形・支え法"の有効性を再確認されたようでした。
 ここでは、みなさんもTさんの立場に立って「わたしの城下町」をお聴きください。

 (音源:「わたしの城下町」)
https://comuso.sakuraweb.com/music/352-watashino.mp3