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初めて吹く琴古流本曲「三谷菅垣」(音声、楽譜)
                     貴志清一
 琴古流古典本曲の中に「山谷菅垣」という曲があります。これは「一二三鉢返し」のように、いきなりツメリが出てきませんし比較的吹きやすいので琴古流を習い始めて甲乙ともに音がしっかり出てきた段階で習得可能な本曲です。
 私の稽古場ではわらべ唄や歌の曲で音がしっかり出ていればこの「三谷菅垣」を指導します。
 これは基本の調がリ調陰音階でメリ音の「ウ」「五ヒメリ」は指の操作だけで吹けるからです。また不思議なことに、この曲は基本的に一孔を使いませんのでも難しい乙ロが出なくても対応できるのです。
 この曲は全く江戸時代の陰音階(都節)で出来ていまして独特の哀感を帯びております。音階的に大変興味深く、「ウーウりーりーウレーー、ツツ レーーー」と主音が「レ」の陰音階かなと思っていますと、「ウりーヒ五メリ、ツレーー」ときて「り」調の陰音階に移行します。この転調がたいへん美しく聴 いている人を本曲の世界に誘います。
 永井荷風全集所収の短編『三谷菅垣』には俗説と断ってこの曲の由来を説明しております。
「むかし、白井権八普化宗を破門さるるによって 、一の音を吹く事能はず、やむなく、五孔を塞いで発するロの音をつかはずして、吹き試みし一曲と、俗説に言ひ伝ふる山谷菅垣を、おもむろに吹き始める。 立ち上る香のけぶりの末が、空中にひらひらと.....(後略)」
( 荷風全集 巻一 P.313 岩波書店)  
 この白井権八は、白波五人男で歌舞伎の中のヒーローで本名"平井権八"。
 一孔は尺八にとってたいへん大切もので、いちばん尺八らしい音です。その音を出す事を禁じられたというのですから、やはり一孔を使わずに済むリ調を使ったのでしょう。
 初代黒沢琴古は長崎正寿軒の一計より伝承しています。
 ここでは抜粋版の「三谷菅垣」演奏と楽譜を載せますので、どうか地無し尺八の落ち着いた音色をお聴き下さい。
 音源は『CD地無し尺八による琴古流本曲集(演奏・貴志清一)』に依っています。

下記をクリックしてください。

http://www.jm3.org/bmbnt/332-sanyasugagaki.mp3