HP-No.329
口伝(むら息)奏法と「霧海箎鈴慕」(音声付)
貴志清一
虚無僧が吹く独奏曲を本曲(ほんきょく)といいますが、私どもの琴古流では36曲あり、中でも「霧海箎鈴慕」「虚空」「真虚霊」の3曲は"古伝・本手三曲"と称して最も重要な曲として伝えられました。
『琴古手帳』によりますと、
「右者 享保十三年戊申年 肥前国長崎正壽軒ニ而 一計子ヨリ伝来仕候。尤父十九才之節」
とあります。 すなわち、
「この古伝3曲は享保13年(1728)に初代黒沢琴古が肥前の国の長崎の正寿軒での一計という名の虚無僧から伝えられたものである。これは1710年生まれの父(初代琴古)が19才の時のことである。」
霧海箎(むかいぢ)という曲は「虚鐸国字解」にもありますように、法燈国師の下で修行していた寄竹が伊勢朝熊山の虚空蔵で霊夢によって作ったという伝説がある古い曲です。
史実かどうかは別にしまして、甲音を中心とした旋律の動きは中間部の「口伝(むら息)」によってクライマックスを迎えます。
このむら息は尺八修行者にとって少々厄介な技法です。それゆえ、「霧海箎鈴慕」は良い曲なのですが、玉音を含んだ「巣鶴鈴慕」と同じく人前の演奏では少々避けられる曲でもあります。
しかし、むら息は原理的にはきわめて簡単なのです。
出ている音をわざと外して息がたくさん入った音にするだけです。
尺八の習いたての「初心者が出す音=むら息」なのです。
甲のヒをしっかり出しながら「カって唇と歌口の距離を離し」息の音を入れ、それが乙音のようになったら再び甲のヒに戻すのです。
練習方法は、
1.甲のヒを出しながら音にならないところまでカル。
2.音の外し方が分かれば、音にならないところで乙音に落とす。
3.この1,2ができれば、乙音からきちんと甲音のヒに戻し、音の末尾が霧の向こうに消えゆくように終わる。
文字による説明ではなかなか理解して頂けない技法ですので昔から「口伝」と称し、師弟が対面して直接教えるものであるとしてきました。
この「口伝」を含む「霧海箎鈴慕」の抜粋版の楽譜を掲載しますので一度聴いてみて下さい。
(演奏:貴志清一、河野玉水作、地無し延べ竹ゴロ節残し一尺八寸管)