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インターネット会報2014年5月号

        30数年間諦めていた"耳鳴りのしない六寸管"に巡り逢った幸運
                                                    貴志清一
 "耳鳴り"・・・嫌な言葉ですね。耳の弱い私にとってそれは"恐怖"に近いものがあります。
 30年以上前のことですが、その頃でも幸いなことに1年に1,2回は小さな舞台で尺八を吹かせていただける環境にありました。指の速い曲はフルートを経験していましたの苦痛ではなく、七孔にした一尺六寸管(以下「六寸」)を力任せに吹き散らしていました。
 そのうちに”六寸管はこう吹くと鳴るのかな”という感触を得ましたので、その感覚を確実なものにするために圧力をかけて練習し出しました。もしかすると上達が早いかもしれない、という未熟な時によくある幻想です。
 ところが六寸を本格的に練習し始めた途端、翌日の朝「ピープ−」「ピープ−」と一全音ぐらいの音低差で耳鳴りが始まりました。そして六寸を長く練習した次の日ほど、その音が大きくしつこいのです。こうなれば因果関係は誰の目にもはっきりしてきます。犯人は六寸管です。
 今まで一度も耳鳴りを経験されていない方は幸せです。しかし、耳鳴りを経験、もしくは持病として持っていらっしゃる方は"耳鳴りは辛い"ものだということを分かっていただけると思います。はっきりいいましてこの「ピープ−」は恐怖でした。
 以後、必要に迫られる時は六寸を練習するのですが、何もないときには練習しなくなりました。そして30年ほど六寸は吹いたり吹かなかったりの連続でした。ただ必要時のために「如何に合理的に"練習しないで"済ませるか」という研究はしてきました。指の練習のために1時間も吹けないのです。次の日の耳鳴りがこわいからです。
 勿論、一度は竹を変えてみました。「軽い息でもビューと鳴れば耳に負担がかからないのでは?」ということで製作してもらったのですが、軽い息で鳴るということは"竹を鳴らしに行く"ことになり、やはり翌日の耳鳴りは解消されませんでした。6年ほど前に上梓した『尺八吹奏法−運指編』はこの「如何に短時間で速く指が回るようになれるか」というところから書いたものです。
 幸か不幸か、55才までは仕事も忙しく、平日ですと一尺八寸管を1時間練習するのが精一杯の毎日でしたので自然と六寸は箏との合奏練習のときだけ吹くことになり、耳鳴りは切実な問題ではありませんでした。
 ただ、例えば初弾き会で「キビタキの森」などを吹くことになりますとそうは言ってられません。八寸管を差し置いても六寸を練習し始めます。そうすると翌朝「ピープ−」「ピープ−」が始まります。辛いし怖いので、嘗て突発性難聴を99%治していただいた耳鼻科の先生の処へもいきました。いろいろな検査の結果、的確な指導をしていただきました。先生は、
「僕も耳鳴りを持っている。耳鳴りの薬はないことはないが、そういうのは他の感覚もなくなる。要は、あまり気にしないことです。」と仰いました。
"あまり気にしないこと"・・・これが最高の治療法なのですね。別の言い方をすると、「耳鳴りと付き合っていく」。これです。
 「尺八は、吹かない方がいいのですか」との質問に、「いいえ、どんどん吹いてください。」との指導もいただきました。
 いままで耳鳴りを恐れていたのですが、この耳鼻科の先生(泉佐野市の奥野耳鼻咽喉科)の言葉で目の前がぱっと明るくなりました。
 5年前からフリーになり集中して尺八に打ち込んできたのですが、それは二代目河野玉水師の節残し地無し管でしたので、吹き付けると返って良い音は出ません。竹に静かに、そしてしっかりと息を載せていく吹き方を竹が奏者に要求します。この竹を吹いて一度も耳鳴りになったことはありません。
 今まで吹いていた地塗りの八寸は、ときどき力任せに吹くと翌日耳鳴りの現象が起こりましたが、今の地無し管は大丈夫です。

 それやこれやで六寸から遠ざかっていましたが昨年の後半、わたくしの弟子の一人が七孔の六寸管の曲を練習するようになり、六寸鑑定のために製管師のお宅へ2,3度行きました。いろいろな価格帯、いろいろなタイプの尺八を吹き比べている内に、1本変わった竹が混ざっています。吹いてみますと癖がある竹なのですが音色が私の好みで伸びのある音です。私の吹料の六寸管のように力任せに吹いても相手になってくれる竹ではなく、「よい吹き方」を要求してきます。
 「この竹、何?」と思い、玉水さんに、
「なぜこの価格帯にこんな伸びやかな音のする竹が混ざっているのか」と聞きました。
 それは、竹材の時から竹の下部が蟻に食われて蟻孔が開いていたので、常識的には一種の欠陥で、蟻孔を埋めて製管しても良い方に仕上がるかどうしょうもない方向に行ってしまうか分からなかったからとのことでした。蟻孔があると言うことは、蟻が竹を食べるのですから、竹は自分を護るために樹液を出し必死に防御します。そのことによって下部管のところが極めて堅くなり、たまたまそこが尺八として締まってほしい部位だったので個性的な竹に仕上がったとのお話しを聞きました。
 ただし、私が試奏してみても、いままで試奏した人の意見でも、なかなかこの六寸は「言うことをきかない」竹です。私は、
「言うことをきかない竹だからこそ、そして将来的に個性的ないい音色になりそうですから、これ、いただきます」と、ミイラ取りがミイラになってしまいました。
 それから半年あまり、この六寸と戦っていますが、少し吹く要領が分かってきました。そうすると、この竹は音色・響で応えてくれます。今はやみつきになって、八寸、この六寸、五分五分の練習時間になっています。
 そして気がつきますと、あれほど六寸で悩んでいた耳鳴りが練習した翌朝、現れないのです。
 昨日も依頼演奏で1時間近く唱歌・演歌・流行歌取り混ぜてギター伴奏でこの六寸を吹きました。マイクはなしです。
 今朝、耳はどうなったかな、少し吹き付けすぎたかな、と思いましたが耳鳴りはしていませんでした。
 こんな不思議なこともあるのだと、今さらながらつくづく考えています。もしかすると、考えないで尺八の神様にお礼を言ったほうがいいのかも知れません。
 尺八(竹)との出会いは、ほとんど偶然に左右されるのでしょうか。
 もっと早くこんな六寸に出会いたかったとは思うのですが、過去は問うてはいけませんね。30数年後でも、こんな耳鳴りのしない竹に出会えたことを感謝すべきだと思います。
 それにしましても不思議なことです。今月の箏曲クラブの練習では山本邦山師の「紫苑」が始まります。この六寸管に活躍してもらおうと楽しみにしています。

 
〈ご案内〉一節切〜尺八〜フルート〜三味線〜薩摩琵琶コンサート

日時 2014年6月1日(日) pm.1:30開場 2:00 開演
☆出演 貴志清一(一節切、尺八)田中寛治(ギター)
加藤敬徳(薩摩琵琶)村田滋(地歌三味線)他
☆会場 泉佐野・新川家(外蔵)
☆入場 無料


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