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インターネット会報2013年4月号
合奏の時、ピッチ(音高)を決めるのは尺八で、箏ではありません
(5月19日小演奏会とユリ(ビブラート)の実技講習会:要項文末)
貴志清一
尺八を吹いている人の多くは、何らかの機会に琴・三味線と合奏することがあるかと思います。
その時、合奏ですからお互いのピッチ(音高)を合わせないと"うなり"が生じてきれいな演奏ができなくなります。
それを避けるために、かならず合奏する前にお互いのピッチを合わすことになります。
その場合、尺八はフルートと違い、管の長さを変えることはできませんから尺八の音(例えば「ロ」)に琴三味線の
音を合わせ、その後演奏する平調子なりその他の調子に糸を合わせていくのが正しい調弦法で理に叶ったやりかたです。
ところがいつ頃からかわかりませんが、チューナーという一見便利に見える機械が幅を効かせるようになり、
合奏の前に尺八の音を貰わないで勝手に「442ヘルツ」などと決めて調弦をしてしまう糸方の人も見られるようになりました。
尺八は一本一本微妙に音の高さが違いますし、同じ竹でも吹き手によって平気で2,3ヘルツは音が変わります。
しかも、冬場などは大変で、竹の管内温度がなかなか上がりませんので音が低くなります。
ところで、音の高さを決める振動数は尺八の場合、次の簡単な式で表せます。
N=v/(2×L)
振動数=音速÷(2×尺八の管の長さ)
音速v=332+0.6×t(気温)[m/秒]
HP上の会報21号で計算したとおり、管内気温が1度下がるごとに、約1ヘルツ音が下がります。これは大きな数字です。
私の場合、箏と2ヘルツ違えば吹きづらくなり、4ヘルツ違うと演奏不可能になりますので、冬場の演奏会では高くても438
ヘルツぐらいにしてもらい、夏場は会場の気温によって443ヘルツぐらいで吹くこともあります。もちろん同一の尺八で、です。
すると上記の"尺八の音を無視して勝手に「 442ヘルツ」とする糸方の人"は、もう尺八奏者にとっては親の仇のような存在になります。
合奏は敵討ちではありませんのでこちらから、
「尺八のピッチ(音程)に糸方の音を合わせて下さい。」と頼むことになります。
「でも、尺八は吹くたびに音の高さが違うから、合わしても仕方ないでしょう」と言われたらどうしますか?。
たしかに、尺八のピッチは不安定ですが、その時のことも考えて楽屋で一番吹きやすいピッチを確認しておき、なんとしても
尺八の演奏しやすいピッチに糸を合わせて貰うのです。音程に自信が無ければチューナーの針を見ながら(点滅ランプではありません!)
吹くと良いと思います。ただし、強くは吹いてはいけません。強奏(フォルテッシモ)では少しピッチが高くなるからです。
最悪の場合でも楽屋で吹きやすいピッチを調べておき、例えば「ピッチは439ヘルツでお願いします」と言いましょう。
ただし、その場合、自分が立ち会っていませんから提示したピッチが糸方の先生に無視される危険性がありますので注意しましょう。
尺八数人が吹く合奏では、中心になる人がその日の気温を考えてだいたいの公約数になるピッチを糸方の人に示しましょう。
まかり間違っても、糸方が勝手にピッチ(音高)を決めてしまうようなことはないようにしましょう。
ここで点滅式のチューナーについて考えましょう。私は2つチューナーを持っていましてひとつはKORGのTM-40という機械です。
左にチューナー機能、右にメトロノーム機能が付いています。チューナー部では音も出ますし、楽器の音を拾って所定の周波数
(例えばA尺八乙のチ=440ヘルツ)に対して今出ている音が合っていれば緑のランプ、外れていれば赤いランプが点灯します。
また針の表示もあり、この針がドンピシャ「0ゼロ」にきていれば音が合っていることが一目瞭然ですので、13本も糸がある箏の人に
とっては便利なようです。
しかし、ちょっと待って下さい。
このチューナーを正しく使うことは大変難しいのです。
このチューナーを正しく使っている演奏者はほとんどいないといっても良いくらいなのです。
○チューナーの誤用:その1
音が合っているかどうかの判断を点滅ランプの赤青で決めるのは間違い。
正しくは、音が合っているかどうかは表示部の針で決めます。よけいなお節介なものが点滅ランプです。
このランプはあくまでも目安です。
手元のチューナー2つを使って実験してみます。
(使用チューナー:KORG,TM-40とYAMAHA,ME-340)
ヤマハのチューナーで音を出し、コルグのチューナーで音程の判定をさせます。すると
・440ヘルツの音はきちんと緑ランプがつくのですが、出す音を1ヘルツ上げても緑ランプが点灯し、時々パッパッと右の赤ランプが
点滅するだけなのです。一見、ほぼ音が合っているように思いますが、1ヘルツの音のずれは大変大きいのです。
生半可な音響の初歩をかじっている人ならこう言うでしょう。
「1ヘルツ音がずれても、たいしたことないよ。だって、音のうなりは振動数の差、引き算で決まるのだから、
441-440=1、すなわち、一秒間に一回しか唸らないから大丈夫。」
本当にそうでしょうか。小学校の理科室に昔有った音叉ならそうでしょう。しかし、楽器の音は豊かな倍音を含んでいます。
それは基音の整数倍の周波数で、ヴァイオリンなどは基音よりも第2倍音の方がエネルギーが高いくらいです。
(ですから、艶っぽく豊かに聞こえるのです。)倍音は、2,3,4,5,6,7,・・・と一つの音に含まれます。
すると、例えば第4倍音だけとっても 441×4-440×4=4となり、一秒間に4回もうなりを生じます。勿論2,3,5,6,7倍音も、
その数だけ唸ります。 即ち、1ヘルツ音が違えば、楽音としてかなり濁ったきたない響きになるのです。実際の所、尺八では
高次倍音の音としてのエネルギーはだんだん弱くはなっていくのですが1ヘルツの違いは非常に大きいのです。
ですから、音合わせにチューナーを使うなら、表示部の針がドンピシャ0(ゼロ)に来るようにしなければならないのです。
ところが、この針をきちんと見ない奏者も多いですね。点滅ランプばかり見て音合わせをしている人をよく見ます。
今、音が出ているチューナーの音を高く(低く)していきます。440ヘルツで合っているかどうかを判断するのですが、
なんと442ヘルツの音でも緑と赤の両方が点灯します。(これは恐ろしいことです)
すると、緑が点灯しているのだから「だいたい合ってる」と判断しがちです。実際このような調弦の現場を私はたくさん見てきました。
そして、445ヘルツになって、ようやく緑が消え、赤ランプのみになります。まあ、440ヘルツに合わすのに、444ヘルツにして平気な
奏者はいないと思うのですが。(いたら、たいへんな奏者です)
○チューナーの誤用:その2
箏の調弦に、「一(いち)の音」だけでなく、他の音もチューナーで合わす間違い
これは多いですね。
平調子で言えば、一の音が合えば、「五」は同音。後は「一と二」で5度がとれ、合わしにくいですが「一と三」で4度がとれます。
これで唸りのないきれいな響きが得られます。
本当は「一と三」は合わしにくいので、「五(一)と八」を5度で合わし、そのオクターブ下をとって「八と三」を合わした方が合理的です。
さて、「二と七」はオクターブで合います。「三と八」もオクターブ。「五と十」もオクターブ。そして、「五、四、三」、「七、六、五」と弾いて
陰音階を作れば後は残りの音をオクターブでとれます。
ところが、です。「一と二」という本来きれいな5度も、「二」をチューナーで合わす琴奏者がいるのです。
(もっとひどいのは、「三」やその他の弦もチューナーで合わそうとする奏者です。)
調弦という観点から見れば、チューナーはこの場合狂っているのです。
これを認識していない奏者がもう情けないほどたくさん居ます。
結論から言いますと、「一と二」を同時に鳴らしてうなりがないように調弦すると純正な5度が得られます。これは、伝統的な合わし方です。
ところが、チューナーで「一」を基音にするのは良いのですが、「二」もチューナーで合わそうとすると、その音は半音の百分の二ほど
違うのです。すなわち、チューナー自体が純正な響きから見ると狂っているのです。
その理由は簡単で、チューナーは機械的な平均律で作られているからです。美しい「二と一」(5度)は振動数の割合が1:3/2(二分の三)です。
少数表記では、1:1.5となります。これは遠くギリシャ時代から知られていたことでピタゴラスが発見したと言われています。
勿論東洋でも理論化されていまして、三分損益といい、2000年以上前から中国にありました。
さて、何故平均律で作られたチューナーは、1.5という簡単な比率の(美しい)音が出ないのかを電卓で調べましょう。
一オクターブ上の音は比でいえば1:2です。(振動数が2倍)
半音はその中に12個ありますから12回同じ数を掛けると2になる数字が半音です。(数学的には12ルートの2、2の12乗根)
それはほぼ1.0596です。「二」と「一」の間に7半音ありますから、より精度を保つために1.0596の6乗=√2として、√2×1.0596=1.4985を得ます。
実際1.5と1.4985の差を440ヘルツを基準に考えますと
1.4985×440÷1.5=439.56となります。
即ち、チューナーの音はきれいな5度よりも0.5ヘルツほど狭く、この違いが第4倍音くらいになりますと、一秒間に2回もうなりを生じ、音の濁りになります。
即ち、チューナーは、基音以外は狂っている!のです。
チューナーを使って一の糸以外の糸を合わしている演奏者を見ると、「この人、本当に音を聞いているのかな?」と思ってしまいます。
箏奏者はもっと音楽のことを勉強して、「結局、昔の調弦が合理的なのだ」ということに気づいてほしいと思います。
合奏の時のピッチを決める話から少々脱線しましたが、とにかく尺八を吹く皆さんは、自信を持って「音程は尺八が決めます」と胸を張って言って下さい。
【お知らせ】
尺八吹奏研究会第35回
尺八演奏会と実技講習会
尺八のユリ[ビブラート])
出演 尺八:貴志 清一 寺道 敬宇 井上 武司
箏:菊苑 馨 菊実和 里
日時 :2013年5月19日(日)
場所:大阪府泉佐野ふるさと町屋館(市文化財)
南海本線泉佐野駅より徒歩5分
尺八演奏会1:30〜3:00
尺八古典本曲 「鶴の巣籠」「産安」「志図の曲」他
箏・尺八合奏 「千鳥の曲」「雨の水前寺」「キビタキの森」
尺八実技講習会 3:00〜4:30
(一尺八寸管使用・聴講のみも可:テキスト付)
○尺八のユリ、滑かなビブラートを獲得するために
尺八でいろいろな曲を豊かに表現するためには、ユリ(ビブラート)は欠かせません.しかしユリについては指導の方法や、その原理すらも明らかにされてきませんでした。
名人の言葉に「滑らかなユリ(ビブラート)は心でつけるもので、教えられるものでない」というのがあります。しかし、これでは私たち凡人は救われません。
「そんなことはない。短期間には無理だけれど、ユリは正しい原理を知り適切な練習を積み重ねれば獲得できるものである」ということを今回の実技講習会では示したいと考えています。
○参加費 尺八演奏会 無料(要:入場整理券)
実技講習会代 1、000円(テキスト付)当日お支払い下さい
○申し込み法
ハガキに「35回希望」または、「35回・実講希望」と明記し
住所・ご氏名・番号、御参加人数をお書きの上、下記までお申し込みください。 折り返し入場券(地図付)をお送りいたします。
○宛先〒590ー0531泉南市岡田2ー190-7 貴志清一
【ご案内】
「尺八吹奏法U」ご注文の節は、
邦楽ジャーナル通販 商品コード5241、http://hj-how.com