会報 No.21

論説 「尺八とピッチについて」   貴志清一

 合奏の時 A=442Hzで、冬場、大丈夫ですか。

   冬場、合奏するときに尺八の音が低すぎて困ったことはありませんか。 最近の基準ピッチ(音の高さ)がA=442なので一生懸命チューニングメータ を見ながら練習して音を高くしよう・高くしようと吹いているうちに調子をくず して尺八が鳴らないようになった経験はありませんか。

 それらは全て気温のせいなのです。気温が低いと同じ楽器でもかなり音が低 くなります。 本来ならば気温に合わせて管の長さを調節すべきなのですが、尺 八は気温によって管の長さをフルートみたいに変えられません。

 現在、おそらく一部の尺八を除いて大多数の尺八は長さを変えられません。 このことをよく考えておかないと失敗の元になります。

・冬場、演奏するときのことを考えます。

 唇から出る息は、思ったよりも暖かくないのです。割合早く外気の温度に近 くなります。吹奏しているとだんだん呼気の温度には近づきますが、夏場のよう に高くなることは不可能だと思います。 同じ原理のフルートでは私の経験から 申しますと、材質が銀で出来ていますので木に比べて何十倍も早く温まります。 しかし、夏場よりは音がかなり低めで頭部管を数mm差し込んで(空気柱を短く して)対応します。 しかも管の長さを変えられる木管楽器でも専門家は各音の バランスが崩れるのを防ぐために寒い練習場ではやはり暖房器具の所へいって必 死に楽器を暖めるものです。

 それやこれや考えると、フルートのように楽器の長さを変えられない尺八で 冬場、A=442で調弦したお琴と合奏するともう悲惨なことになります。会場 や部屋が汗ばむほど暖かければいいのですが、少し寒いような所では全曲カリき って吹くことになり、そのうち息の入れるポイントがずれてきてもう音を出すだ けで精一杯で情けない演奏になります。

 ここで「そんなに気温によって音の高さが変わるものなのか?」と思うでしょう。

 少し、この原理を説明します。手元に電卓のある方は検算しながら読んで下 さい。

音速について

まず音速から説明します。音速とは音が空気中を伝わる速さです。

気温0度の時  音速(v)=332m/秒 (1秒間に332m進む)です。

ところがこの音速は気温が1度上がる毎に約0.6m/秒速くなります。です から音速は次の式で表されます。

音速:v=332+0.6*T (T=気温)

例えば、気温10度の時は 音速=332+0.6*10=338m/秒です 。

音高と音速

さて、いよいよ実際の音の高さと音速の関係について述べます。音の高さは尺 八の中の空気柱が振動する数(振動数)によって決まります。そして、この振動 数は空気柱(ほぼ尺八の長さ)と音速によって決まるのです。それを表す式は次 の通りです。

N=v/2L

N:振動数(尺八の管の中の空気柱が振動して発する音の高さ)

L:空気柱の長さ(ほぼ尺八の長さ)(単位m)

v:音速(音が空気中を伝わる速さで、この音速が気温によって変わ るから 尺八のように気密性のない楽器では大きな影響がでてくる)

この式をよくみますと、

・尺八の長さが短いと振動数は大きくなり高い音がでる。

・同じ尺八の長さだと、音速が速いほど(気温が高いほど)振動数が大きくな り、音は高くなる。ということが分かります。

たった5度で4Hz

 ではいよいよ温度によってどれくらい音が違ってくるものなのかを計算して みます。(この式はご理解頂けなくても、結果だけ分かれば十分です。)

 今、気温によって尺八の管の中の温度が20度の時と15度の時とで比べま しょう。この時温度差はたった5度で、実際の場面でも十分有り得ます。

v(15):15度の時の音速v(15)=332+0.6*15=341m/s

v(20):20度の時の音速 v(20)=332+0.6*20=344m/s

すると振動数の違いは、

N(15)=v(15)/2L

N(20)=v(20)/2L とすると、わり算をすると2Lが消えて

N(15)/N(20)=v(15)/v(20)=0.991

今 A=440(乙のチ) をとると 

440*0.991=436Hzその違いは436−440=4Hz

  強調して言います。

たった5度の温度の違いで4Hzも音が違うのです。4Hzの違いは感覚的にはすごい違いなのです。このことを理解するために以 下のような実験をしました。

  1Hz()毎の吹奏時の感覚 ・私がチューニングメーターを使って自分の 吹奏した感じは以下の通りです。 (12月初旬、室温は15度程度) (チュ ーニングメーターからそれぞれの周波数の音を出しながら吹奏) (もし音があ っていなければ、うなりを生じる)

A=438Hz 一番自然に吹奏できる

  439 少しカリ気味だが吹奏できる。

  440   いつも注意していないと音が下がり吹きづらい

  441   音が上がりきらず、吹奏困難

442   全く吹奏不可能な状態

  個人差はあると思いますが、私の場合たった2Hzの差で吹きづらくなり 、4Hzも違うと全く吹けない状態になります。

 それほどこのピッチ(音の高さ)というのは微妙なものなのです。 繰り返 し言いますが、たった5度の管内の温度差で吹奏困難になる4Hzも音の高さが 違ってくるのです。

 これからの時代、尺八以外の楽器との合奏はますます必要になってくるでし ょう。ですから、早く製管師さんに、鳴りに全く影響のでない構造でフルートの ように頭部管がスライドできるような尺八を早く完成させて欲しいと思うのです 。

現状での対策

そうは言っても取りあえずは今のままでいかに対応するかを考えなければなり ません。 参考までにわたしの意見を述べます。

・とにかく寒いときの合奏はお琴や三弦の人に尺八の吹き易いピッチで調弦してもらう。あまりに低いと違和感があるときはせめてA=438ぐらいにし てもらう。

・日頃の練習では余り無理をして音を高くしないようにする。そうしないと、 自分の吹き易いアンブシュアが崩れてきて、慢性のスランプに陥る恐れがある。 (ですから、私もそうですが冬場は調子悪いという尺八奏者がいるのだと思いま す。)

・そうは言っても寒いときでもA=438ぐらいで練習しておく。

・余りにもが低いときは製管師さんに直してもらう。(このことでも、私は小 林一城氏にずいぶんお世話になりました。) 

最後に

最終的にはこのの問題は楽器の構造上の課題だと思います。現在、合奏も盛ん になってきていますので早急に解決してもらいたいと願っています。



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